宗教主任より


ホーム ≫教育基本方針 ≫学校からのメッセージ ≫キリスト教教育 ≫宗教主任より
施設案内 ≫交通アクセス ≫6年間費用概算
 

2007年度聖句(キリスト教教育目標聖句)

「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して
飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。」
ヨハネによる福音書 6章35節

 いかなる事情のもとでも、人間の命には意味と価値があるはずです。
 フランスの作家モーリャックの墓碑には「人生には意味がある。行き先がある。価値がある。一つの苦しみも無駄にならず、一粒の涙も、ひとしずくの血も忘れられることはない。…」と記されているそうです。
 他の何ものによっても代用できない独自の価値を持っているはずの人間が「なぜ生きなければならないのか」と生きる目的も知らず、何となく惰性で毎日を過ごしている者が多いのではないでしょうか。なぜ、自殺をはじめ、平気で人を殺すような事件が頻発するのでしょうか。

 聖書は命の大切さを「殺すな」という言葉で教えています。これは旧約聖書に記された十戒の第六番目に記された神の命令です。この戒めは、たとえどんな状況であろうとも人を死に至らせる行為を厳しく禁止し、人間が犯す罪の中で人を殺すことがもっとも大きな罪であることを教えています。
 この戒めの基礎にあるのは、あらゆる生命は神に属しているという考えです。人の命を奪い、自分勝手に取り扱う行為は、命の源である神との関係を断ち切ることになるのです。

 イエスは「殺すな」という神の命令を大胆に拡張し、人をののしり、侮蔑し、怒りの表現までも殺人行為とみなし、さらに人を生かし、隣人を愛する戒めとして命じています。
 そのイエスご自身が「わたしが命のパンである」と自己宣言された言葉を今年度の聖句として選びました。この言葉は命というものの本質は、命それ自体から説明する試みには限界があること。命についてのあらゆる問題はイエス自身の人格と結びつけて、はじめて納得できる答えを見出すことができるということ。すなわち、命とは何かではなく、命とは誰かという問題を探求することです。すべての命の源泉はイエスであり、私たちの命もイエスと切り離しては考えられない命なのです。
 そのイエスは、命のパンとしてこの世に降ってこられたことを聖書は伝えています。命の源泉であるイエスというパンを食するとき、生きる者の魂の飢えと渇きは癒され、満たされるのです。
 しかし、命のパンであるイエスを食するとはずいぶん謎めいた言葉です。命のパンであるイエスを食するとは、聖書の言葉を貪欲に学び、イエスの生き方を不十分であっても、受け入れて追い求めて生きることです。それは礼拝を通して、イエスと向き合う時、イエスを通して与えられる活力ある命なのです。
 先行き不透明な世情が続く中、多くの者が生きる目標設定を見失う中で、自分が生きる価値や意味を肯定し、自らの命を存分に生かす道を見出すことは容易なことではありません。しかし自分の命のみでなく、他者の命をも包み込み愛する道が、イエスによって備えられているのです。命と愛の源泉である聖書を学び続けてゆきたいものです。

宗教主任 鳴坂明人
 
 本校の教育はキリスト教主義に基づいています。プロテスタント教会(米国北部バプテスト教会)の伝統を継承し、関東学院の初代学院長坂田祐が掲げた「人になれ 奉仕せよ」を校訓としています。
 本校の教育は神を畏れることの大切さを心得、奉仕の精神を発揮する人間教育を目指しています。
 このキリスト教教育の柱になるのが毎朝の礼拝です。本校の学校生活は礼拝から始まります。礼拝は神の前に生徒も教師も共に集い、静かに神と向き合い、自己を見つめ、世の中の動静を聖書の言葉を通して再考する時間として大切にしています。
 毎朝の礼拝で読まれる聖書は豊かな人間性をはぐくむための素材に満ちています。聖書はすべての人に開かれた書物であり、神に愛された人間の生き方、真の平和と自由とは何であるかを常に発信する書物です。しかし、聖書の情報を正しく理解する能力は自然に身につくものではありません。その能力を身につける最善の方法が礼拝であり、キリスト教教育において、礼拝こそが、人間の知性と精神を豊かにする具体的な方法であると考えています。
 本校での中高の6年間、生徒たちは毎朝、礼拝の場に自分の身を置き続けることにより、人間としての土台がつくられ、将来、聖書の言葉が人生の支えになることを期待しています。
 本校は毎朝の礼拝を中心に、聖書の授業、キリスト教行事を通して、キリスト教の愛の精神に基づく堅実な人間教育を目指しています。
宗教主任 鳴坂明人

 「聖書の集い」のご案内

 本校では六穂会(保護者会)主催の「聖書の集い」が、毎月第3土曜日13時30分より、開かれております。聖書に関心のある方は、どなたでもご参加下さい。
(学校行事で日程が変更されることもあります)。


2006年度の聖句はこちら